環境・縁起・芸術――Season Lao とRomaric Jannelの対話



Gallery Shirakawa40周年企劃
PART 1 ニース国立東洋美術館個展 図録出版記念 – シーズン・ラオ展 2023.11.28~12.23

PART 2 Marcel Duchamp、John Cage、Season Laoを中心に 2024.1.16~27
「環境・縁起・芸術――Season Lao とRomaric Jannelの対話」
2023年12月16日(SAT) 15:00 ~ 17:00
会場:ギャラリー白川 (京都市東山区祇園下河原上弁天町430-1)



ギャラリー白川40周年企画 PART 1 ニース国立東洋美術館個展 図録出版記念̶ シーズン・ラオ展 2023.11.28~12.23

登壇者

シーズン・ラオ(Season Lao)-現代美術
マカオ生まれ。2009年来日。10年マカオ理工大学芸術デザイン学部卒業。作品集が反響を呼び、生家を含む歴史的建造物群の取り壊しが中止となった。20年「シーズン・ラオ×ソル・ルウィット2人展」(ギャラリー白川・京都)。23年ザ・リッツ・カールトン福岡に作品収蔵。ニース国立東洋美術館(フランス)で個展。

ジャネル ロマリク(Romaric Jannel)-哲学
フランス生まれ。2016年来日。国際哲学コレージュおよび京都大学人文科学研究所所属。20年にフランス国立高等研究実習院にて博士(専門哲学)を取得。22年国際哲学コレージュ プログラム・ディレクターに選出。著書に『Yamauchi Tokuryū (1890-1982). Philosophie occidentale et pensée bouddhique』。

背景:2023年、フランスの三大国立東洋美術館のひとつであるニース国立東洋美術館開館25周年における、半年間におよぶSeason Lao展(個展)から、図録出版記念展覧会をギャラリー白川で開催。フランスとアジアの学者から好評を得た「縁起」、「容中律」の考えも垣間見えるラオ氏の作品を紹介。会期中、山内得立を研究する京都大学の哲学者との対談ー「環境・縁起・芸術ーSeason Laoと Romaric Jannelの対話」を開催。現代美術の原点に辿り着くMarcel DuchampやJohn Cageの「Chance Operation」作品も併せて展示する。40周年特別展として、PART1、PART2の2回にわけて開催。

ギャラリー白川 (Gallery Shirakawa)
1983年の開廊以来、欧米の巨匠作家、John Cage、Sol LeWitt 、Richard Diebenkorn 、 Anish Kapoor 、Jenny Holzer、Antony Gormleyなどの作品を紹介し、公立の美術館に納めてきた。その他、舟越桂(Funakoshi Katsura)、 松谷武判(Matsutani Takesada) 、Season Laoをはじめとする日本作家の企画展を中心に開催している。




ニース国立東洋美術館

ラオ: 本日のトークでは、作品の紹介を含め、環境問題に対して人間の心に必要とされる変化にも繋がる視点や、ウェルビーイングなどに対し、哲学者のロマリク・ジャネルさんと私の見解も語っていこうと思います。よろしくお願いいたします。

展示タイトル〈虚室・生白〉という言葉は、「がらんとした無の部屋は、光が射し込んで、自然に明るくなる。人間も心を空にして何ものにもとらわれずにいれば、おのずと真理、真相がわかってくる」という、荘子の言葉です。今回のフランスでの会場、ニース国立東洋美術館は丹下健三により設計されました。美術館は池泉に浮かんでいて、寝殿造や室町時代の書院造の中島にある存在のように見えます。コート・ダジュール・フェニックスパークの美しい池の風土で、作庭における借景に取り組んだ、大地と調和するモダン建築の光景だと思います。



シーズン・ラオ フランス ニース国立東洋美術館25周年個展 Une pièce vide devient blanche pour l’illumination Par Season Lao.
Musée des Arts Asiatiques de Nice, France 13.5 ~ 26.11 2023

美術館の中央を貫き、軸となっている螺旋階段があります。湖に沈んだ地下、地上と最上階まで繋がる道です。悟りへ至る道程を表す金剛界曼荼羅図の渦巻型のように読み進めることができます。この最上階にある円形空間で展示した、22メートルの《寒松三日月図》です。美術館の所蔵品である仏像と一緒に浄土を見立てています。時々真上のガラス三角から差し込まれた光を見て円満なユニバースに感動を覚えました。




Winter Pine Trees in a Crescent-Shaped Landscape 寒松三日月図 | SEASON LAO | Photography on Kozo Paper 2200×290 cm

「虚実相生」と「自然余白」

ラオ: 私の作品を説明すると、自然現象、雨が降ったのちに霧が発生した光景です。写真として存在した景色のリアリティでもあり、また霧、雪の余白によって抽象、虚空も同時に感じます。昔は、有無の間にあるものを表す「虚実相生」という言葉がありました。「自然余白」の流動によって、どこかの瞬間に心から遠くまで「無限」に思いを馳せます。



Takachiho, Miyazaki, Japan 2023 | SEASON LAO | Photography on Kozo Paper 135×180 cm × 2

「虚実相生」について、ザ・リッツ・カールトン福岡のエントランスにある《寒松玄海図》を例にします。ザ・リッツ・カールトンからの希望は、安土桃山時代の長谷川等伯による日本の国宝《松林図屛風》の現代表現でした。メディアは異なりますが、「虚実相生」の精神は通じます。《松林図》は潤いのある空気感によって、遠近感を持たせていることで有名です。その遠近感はしばしば松の根元が幽霊のように浮き上がっていると表現されます。私はこれも「虚実相生」の解釈が相応しいと思います。

南宋時代の牧谿作品からの奥深い空気感は室町時代「禅」の美意識を反映する茶室と共鳴し、等伯は長らくその空気感を表現しようとしていました。しかし、「虚実相生」の「虚空」の部分は技法を生かすものではなく、内面からの「無自性」が肝心だと思います。等伯は人生で一度、表現することができました。それは息子が亡くなり、自身も監禁され、命が脅かされた困難なタイミングでした。



Winter Pine Trees in Genkai Landscape 寒松玄海図 | SEASON LAO | 2023
Ink on string 980×270 cm Daimyo garden city | The Ritz-Carlton Fukuoka collection – Entrance

私の場合は、こういった水気があがる瞬間において、此方と彼方という相反する概念が消え去り、自分がいる場所こそが幻想となり、あるいは自分も幻想の一部となり、「自然余白」から奥深い「無限」の世界が見えてきます。一瞬のことで、虚実両方とも成り立つ儚い刹那が現れたその瞬間と向き合いました。



Mt. Kagami, Saga, Japan 2023 | SEASON LAO | Photography on Kozo Paper 200×64 cm

ジャネル: シーズン・ラオの作品の源である自然現象との邂逅は、凡ゆる次元において、原動力としての「縁起」そのものであると考えられます。万物の間の諸関係をこのように考えることは、マイクロコスモス・メゾコスモス、そしてマクロコスモスのダイナミックを主張することに相当します。山内得立(1890-1982)は仏教思想から由来した「縁起」概念を哲学的に再解釈して、原因と結果との関係が必然的な関係に限られるのではないこと、偶然的な関係の成り立ちも認められることを示そうとしました。これはつまり、原因と結果とが偶然邂逅するかのようにして成り立つ特殊な関係を認めることだと思われます。


「虚室・生白」と「環世界」

ラオ: 美術館に入ると、「四神相応」を連想させる方位の一ヶ所にガラスの空間があります。そこから池の景色を眺めると、高床から海に見立てた荒海の砂利を眺める感覚が思い起こされました。縁側空間に《虚室・生白》インスタレーションを設置しました。自然の営みにより寸断された被災木、倒木などを周りの景色と一緒に見立てました。匿名の人物を切り株に座らせ、そして空間から霧を発生させます。



KYOSHITSU SHOHAKU – An Empty Room Turns White For Enlightenment 虚 室 ・ 生 白 | SEASON LAO
Dimension variable | logs of Alpes-Maritimes, video Asian Art Museum in Nice | ニース国立東洋美術館 2023

ジャネル: 《虚室・生白》インスタレーションの映像を見ると、私たち欧米人としては、東洋的な印象も持ちますが、私たちがヨーロッパの歴史・思想史上で忘れてしまっている瞑想の象徴としても理解できます。縁起による平面作品とはプロセスが異なるように見えます。座っている人物、霧の発生はコンセプチュアル・アートの手法に近いと思います。どのように意図して作られていますか?

ラオ: コンセプチュアル・アートの状況全体は「主体」と「客体」の相反する概念の存在を前提にしています。《虚室・生白》の場合は、「主体」と「客体」の間に相待的な関係性を持つと考えています。

こちらは《虚室・生白》の最初の形です。新型コロナウイルスによるパンデミックの時期で、地域の往来ができない私は、京都にある浄土思想の仏教寺院での非公開実験という形を取りました。浄土庭園では「此岸」と「彼岸」の世界を反映しています。その間に霧が発生することによって「虚」と「実」の場になり、鑑賞者の「環世界」により、「内部」と「外部」、「主体」と「客体」の境界が曖昧になり、投影できる感情を待っています。



ジャネル: 「環世界」について論じたオギュスタン・ベルク(Augustin Berque)の議論に従えば、「環世界」とはそれぞれの生き物がもっている自分特有の世界です。「環世界」は単に物質的なものである「環境」よりも豊かな概念で、ある生き物の習慣や物事の把握の仕方まで含んでいます。

ラオ: 私にとってインスタレーションは「環世界」によって「人間」と「自然」の関係性をより一層具現化することに繋がったと思います。「自然余白」の平面作品は更に直接、自然との往来ができる源の部分だと思います。

ジャネル: ラオさんがおっしゃっているのはある種の弁証法的な関係であるかと思います。その関係で媒介者となっているのは「環世界」そのものです。この関係をもっと深く考えれば、次のように言えると思います。つまり、私たちは、ラオさんの作品と対面する際に、自分もその世界に含まれていく、そういう経験によって人間は自然環境の中に包含され、自分がその環境の一部であり、その環境に通貫されていること実感するのだ、と。

この見方は、エコロジー、環境問題に対する姿勢に関しても根本的な解決部分にも結びついていくのだと思います。もともと環境哲学の根本的な立場では、環境は対象とされるものでした。いわゆる精密科学は、環境と人間との区別を客観性の条件として重要視し、知識の成立過程において主体を抽象的に排除する傾向があると言えます。私の捉え方では、環境との関係とは、私たちが環境に住んでいるというだけではなく、私たちが環境の一部であるというものです。人間の体の中にも環境は含まれています。


「無自性」と「縁起」

ジャネル: 先日のフランスでの個展に続く今度の展示で、ラオさんの作品とアメリカの音楽家、芸術家ジョン・ケージの作品が一緒に展示されますね。ジョン・ケージからどのような影響を受けていますか?

ラオ: ジョン・ケージは30年前にギャラリー白川さんと交流がありました。彼は常に遊び心で音を試していたと聞きました。私が最初フランスでジョン・ケージの写真を見た時、彼は日本の寺院の銅鐘に頭を入れて、友人が鐘を鳴らして楽しそうな顔が印象的でした。豊かさがありながら、素直に物事と向き合う姿勢を感じました。彼の名作『4分33秒』では、ピアノを置いたまま何も弾かず、その休符の間の環境に存在した音が全て作品です。コンセプチュアル・アートの概念的な表現より、更に受け入れの姿勢も見られるでしょう。



ジャネル: このようなジョン・ケージの立場、つまりラオさんのいう受け入れの姿勢は、必然的なものでも、ランダムなものでもないように見えます。

ラオ: ジョン・ケージのチャンス・オペレーションに用いた易の六十四卦も本来、人間の力ではいかんともしがたい「天命」を含めたことを表しており、煙によって多次元にも見られます。マルセル・デュシャンの「動き」「時間」といった四次元の要素を思い出しました。

彼は「芸術の目的は、起きていることに調和するよう心を落ち着かせ鎮めることである」と言っています。私も共感しています。過去に美術専攻でなかった私は、自分の動機として何か作品を作らなければならない状況ではありませんでした。しかし20代前半の頃、たまたま北海道の地方で吹雪に包まれる経験をしました。そこには言葉を失うほどの美しさと厳しさが共にあり、自身を含めた「自然余白」の無限を垣間見ることができました。

ある「無自性」から、調和的な関係性まで昇華すると、自分以外の、ある他者にも、世俗を超越し安らぎの気持ちや、内側からの変化が生まれることがあるのだと思いました。

ジャネル: ジョン・ケージ、シーズン・ラオの物事に対する立場を見ると、山内得立も西洋、東洋の論理に対して、「両者を区別しながら共に含むことによって、世界的な思想体系を完成」することを目指していたのを思い出しました。本日の対談は、哲学、芸術だけでなく、これからの時代のための新たなヒューマニズムに関わるものだったと思います。ありがとうございました。

ラオ: 本日はありがとうございました。



ギャラリー白川40周年企画 PART 2 Marcel Duchamp、John Cage、Season Laoを中心に 2024.1.16~27



KYOSHITSU SHOHAKU – An Empty Room Turns White For Enlightenment 虚室・生白 | SEASON LAO
Dimension variable | rondins, logs, video Creative Center Ōsaka – Heritage of Industrial Modernisation | 近代化産業遺産 2023