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北海道応援マガジンJP01 2016年春号 (vol.11)p66-68


JP01第11号「どう?ホッカイドウ」 

北海道の皆さんは「もう少し我慢すれば春が来る」と、冬の終わりを待ち遠しくならないだろうか?でも北海道の冬、その厳しさに足かせされる生活に、魅力を感じたマカオ出身の青年がいる。彼は小さな町の雪景色やそこで暮らす素朴な人々の生活にインスピレーションを感じ、活動の拠点を北海道へ移し、北海道の冬景色の作品を中心に創作活動を続けているのだ。今回のゲストは、芸術家で、写真家・デザイナーでもあるシーズン・ラオさんである。

取材・文/総合商研(閻 卓、本間 崇)
撮影/総合商研(横山 侑貴)

(プロフィール)
Season Lao(劉善恆)
シーズン・ラオさん (マカオ※1)
昭和62(1987)年マカオ生まれ。マカオ理工学院 Arts in Design 学士マルチメディア科卒業。夜間大学在学中、芸術家、デザイナーとして活動を始める。ルイ・ヴィトンの地域限定グッズデザインなど数々のプロジェクトを担当。写真家、芸術家として、日本、中国、欧米などで個展や企画展を開催するほか、さまざまなアートフェアやイベントなどにも出展。平成21(2009)年に初めて伊達市を訪問。広告デザイン会社の仕事にも参加。
http://www.season-lao.com
来日歴:6年
趣味:旅行
好きな日本語:詫び・寂び

Yan Zhuo
閻 卓(中国) 
総合商研(株)本誌編集部員。平成17(2005)年来日、平成20(2008)年北海道大学大学院経済研究科卒業。
来日暦:10年
趣味:SNSでチャット
好きな日本語:食べ飲み放題

(※1)正式名称は中華人民共和国マカオ特別行政区。平成11(1999)年12月にポルトガルから中国へ返還。
香港から約60km西南西に位置し、総面積は31.3km²で札幌の白石区とほぼ同じ。公用語は広東語とポルトガル語。




北海道とマカオの文化のつなぎ役としての存在

卓 今回のさっぽろ雪まつりのマカオ広場で、初めてラオさんの作品を拝見しました。
ラオ 来てくださって本当にうれしいです。
卓 マカオのポークチョップパンも楽しみにしていたのですが(笑)、あまりの人気で並んでいられないほどの盛況ぶりでしたね。
ラオ はい。まさか札幌で「聖ポール天主堂跡(※2)」に出会うとは!約200万人の来場者で賑わっていたと聞いておりますが、さすが北海道一の規模を誇るイベントですね。
卓 さっぽろ雪まつりとのコラボレーション企画にはどんなものがありましたか?
ラオ 開催にあたって、マカオ観光局とHBCテレビさんからお声をかけていただき、HBCマカオ広場では僕が撮りためたマカオの世界遺産の写真と、北海道の雪景色をテーマにした芸術特別展が開かれました。また、HBCテレビの「ガッチャンコ・ジャーニー」という番組のマカオ特集では、僕がゲストとして「緑豆圍(※3)」という、僕が生まれ育った下町の路地をご紹介しました。 (※2)教会の前面だけが残るファサードとその隣に建てられた聖ポール大学跡の総称。1602年から1640年にかけて聖母教会が建設されたが、1835年に火事で焼失し現在のファサードのみの姿となった。マカオを象徴する街の祭壇のような存在であり、今回の雪まつりの大雪像となった。

(※3)“圍”とは日本漢字で“囲”。字のごとく外敵から身を守るための壁や建物に囲まれた伝統的な様式の居住地区のこと。

卓 どうして緑豆圍を?
ラオ マカオといえばポルトガルと中国の文化入り交じったノスタルジックな世界遺産や、カジノなどのエンターテインメントというイメージを持つ人が多いと思います。それはけっして間違いではないのだけれど、やはり番組を通して東西文化が融合・共存してきたマカオ独自の文化を北海道の人たちにお見せしたり、旧市街地のしっとりした風情や昔ながらの暮らしぶり、活気あふれる庶民の生活などにも興味を持ってもらいたくて・・・。



北海道の厳しい自然を独特な作風に昇華

卓 ラオさんの経歴を見ると、平成20(2008)年に写真集とドキュメンタリーDVDにまとめられた「百年緑豆圍」を発表されて以降、中国や韓国、香港、アメリカのアートフェア、イタリアの美術館などに出展したり作品集を出版したり、とても多彩ですね。そのように活発な活動をしている時期に、北海道に創作の拠点を移したのはなぜですか?
ラオ 暮らしぶり、でしょうか。マカオでは外資へのカジノ開放を行ってから、経済が急成長してきました。でもマカオの古い街は再開発の名の下にどんどん壊されていき、受け継がれてきた歴史や伝統が消されてしまうのを見るたびに、心の中には激しい抵抗感が湧き上がりました。そこで、マカオがのどかな漁村だった時代にあったものや過ぎ去った日々の記憶をたどりたくて、僕は各国の純朴な小さな町へ向かい、平成21(2009)年の冬に初めて北海道の伊達や洞爺湖あたりを訪れました。そこで、雪景色に魅せられたんですよ。たった2か月間の滞在でしたが、そこには都会的な貨幣経済の社会とは明らかに違う生活を感じました。

卓 生活の中にお金と違う価値基準があったということでしょうか?
ラオ 周りにあるもので暮らしはどうにかなるし、特に都会からの移住者たちは比較的それを楽しんでいます。野菜を自分で育てるにしても、モノを自分で作るにしても、自然と調和し、生き物と共存する生き方に感銘を受けました。特に、雪に覆われた厳しい風景の中にあっても、人々の暮らしぶりからはどこか温かみを感じるな、と。遠く離れた異国なのに、なぜか心の安らぎを感じたのですね。この感動がもとになって、北海道をクリエイティブ活動の拠点にすることを決意しました。

卓 ラオさんの作品集には、雪に包まれた炭鉱町や港町の風景、冬の木々など北海道の冬景色が多いですね。
ラオ そうですね。それは僕の中にあった冬の厳しい自然への憧れです。一年を通して「夏」のマカオとは違う、厳しく辛い冬。北海道の方にとっては、春を待つ忍耐のひと時なんですね。それを教えられて、冬こそが北海道の人々の精神や文化を生み出す下地なのでは、思ったんです。
卓 なるほど。では、廃れた炭鉱跡や小さな集落に興味を持たれるのはなぜですか?
ラオ 平成24(2012)年、札幌の市民団体の誘いで、財政破綻と高齢化に悩む夕張へ撮影に行きました。冬の炭鉱跡へ近づくと、辺りは一面の銀世界でした。冬なので誰もいないため、物音一つしない静寂と澄んだ空気に包まれている。そこに放置された廃墟が雪に抱かれた風景に安らかなものを感じ取れたんですね。かつて石炭産業で栄えた街も今は衰退してしまいました。でもその厳しい現実から逃げるのではなくて、そんな地元を愛して、今まさにその街で頑張っている素晴らしい人たちへメッセージを贈りたいんです。



変わりゆくまちの変わらないものを探して

卓 昨年イタリアで企画された「L’UOMO NEL PAESAGGIO」(風景中の人々)では、リンダ・マッカートニー(※4)をはじめ世界各地から24名の著名な芸術写真家が選ばれました。ラオさんもその中のお一人ですね。
ラオ はい、大変光栄に思っています。小樽ほか、北海道の雪景色の作品が収録されました。

卓 小樽の街からは、どんなことを感じ取ったんですか?
ラオ 港町の観光都市として小樽とマカオは共通点が多い。よく小樽に出かけるのですが、毎回懐かしく感じますね。かつては道内きっての経済都市として繁栄を極め、1960年代に入ってから街はずいぶん様変わりしたようですが、今も変わらず当時の面影を伝える建物がいたるところに存在しています。
卓 街の成り立ちや歴史がマカオと似ているんですね。
ラオ そうです。僕は古い建物が大好きなんです。古い建物にその土地の風土やロマンが詰まっていると思うんです。小樽の古い建物を改造したアート施設で展示会を行わったことがありますが、小樽には今まで刻んできた歴史的建築物を保存しながら、アートによる活性化、文化発信を進めようという動きが市民の間で広がっています。僕の生家のある緑豆圍の今後を考える時に、たくさんのヒントを与えてくれるんですよ。

(※4)Linda Louise McCartney(1941年~1998年)、アメリカ写真家、ミュージシャン、料理研究家。1969年に、ビートルズのポール・マッカートニーと結婚。



編集部・卓ちゃんより
今まで、このコーナーにご登場していただいた多くの方々にしてきた質問をラオさんにもしてみました。「あなたにとって北海道とは?」と。すると「インスピレーションを得る地です」。そして「好きな北海道出身の芸術家は?」を聞いたところ、「安田侃さんです。侃さんは自分の生まれた土地を愛し、地元の子どもたちのためにアルテピアッツァ美唄を創りました。僕もいつか自分の故郷やお世話になった地域に貢献できるような作品を残したいですね。僕は北海道での活動を良い見本としてマカオの若者に見せたいんです。」と答えてくれました。ゆっくり、しっかりとした日本語で話すラオさんの目はとても輝いていました。



(作品のキャプション)
Ruins of St. Paul's in Sapporo snow festival 2016
雪まつり会場とFAbULOUSで同時開催した作品展「La Neige 雪」にて展示された。

(作品のキャプション)
Otaru,Hokkaido,Japan 2012
ラオさんの代表的なシリーズ作品「凛 spirit of snow」より一部を紹介。北海道民にとっては見慣れた風景やありふれた景色も、ラオさんにとっては感性を刺激される被写体となる。

(作品のキャプション)
Shiratori Banya in Otaru 2015
小樽市指定歴史的建造物・旧白鳥家番屋から依頼作品

(写真のキャプション)
「北海道にはアートマーケットは東京ほど成熟していないけど、明確な四季が豊かな感性や情緒感を育てていると思います」とラオさん。



取材協力
FAbULOUS(ファビュラス)
札幌市中央区南1条東2丁目3-1 NKCビル1F
TEL.011-271-0310
カフェ&ビストロ/ 11:00~24:00 (LO23:00) ファッション&インテリア/ 12:00~20:00
店内は「衣」「食」「住」などのテーマでセレクトされた生活用具や器、食材、衣料品、植物などを扱い、日本的なもの、ヨーロッパ的なものが雑多かつ楽しげに肩を並べるさまは、まさに「毎日がちょっと楽しい出会い」という意図を表している。カフェはフランスの家庭料理をコンセプトにこだわりのコーヒーやスイーツのほか、食事やお酒も楽しめる。月替わりでさまざまなアーティストの作品が店内の壁を飾り、豊かな感覚と時間をもたらしてくれる。