Fit to screen Full size


美術ぺん147 2016 WINTER p12 若手アーティストファイルXVIII 「白い雪にメッセージを託して」シーズン・ラオ 中村 一典 (ト・オン・カフェ 美術批評)

北国で生活する人々にとって、冬は一つのカタルシスとして到来する。カタルシスとは“浄化”、という意味である。アリストテレスが『詩学』の中で演劇について論じ、悲劇が観客の心に怖れと隣れみを喚起し感情を浄化する効果について述べているのだが、その浄化がカタルシスである。深々と降る雪の中に身をおくと、本当に心が洗われる感覚になる。心の中が真っ白になり、眼前の風景と感情が同化し不可分なものとなっていく感覚である。


その北国の冬に惹かれ、北海道に来たのが写真家のシーズシ・ラオ(Season Lao、劉善恆)である。彼は1987年マカオに生まれ、マカオ理工大学マルチメディア科を卒業している。在学中から写真やグラフィック、ウェブデザインの分野で活躍し、アジアのみならずヨーロッパ各地に活躍の場を広げた。故郷であるマカオは彼が生まれた時にはポルトガル領であったが、1999年に中国に返還されてからはカジノを経済的な基盤にして発展を続けてきた。その反面、マカオ独特の古き良き文化は急速に失われつつある。その文化を残していきたいという思いから、彼は2008年よりマカオの旧市街地で地元の人々の生活を、写真や映像として記録してきた。それらの作品が、写真集とドキュメンタリーDVDにまとめられ「Pateo do Mungo 百年菉荳圍」として発表された。その結果、取り壊される予定だった13軒の住宅の価値が再認識され取り壊しが中止されるという成果も得ている。


彼の作品へのインスピレーションは、巨大な資本に突き動かされ思考停止的に発展するマカオと対照的な純朴な小さな町や村に向かうようになった。マカオが長閑な漁村だった時にあったもの、そして現在は失われてしまった感覚を探し、彼の足は雪国へと向かう。2009年彼は北海道の伊達を訪れ雪景色を撮影する。北海道の冬は厳しく、冬季の経済活動は夏季と同じようにはいかない。自然に足柳される生活に彼はむしろ魅力を感じた。マカオとは違い冬というものが一つの終わりとなり、また春という始まりを向かえる。そのような回転、逡巡が精神的、文化的醸成を生み出す下地になるのではないかと彼は考えるのである。


彼は新しい始まりを向かえられなかったもの、例えばかつては栄えていた炭鉱の町を撮影している。そこには取り壊されることなく放置された建築物があり、白い雪との対比で北海道の冬を際立たせる。その風景を見ると雪に抱かれた安寧のようなものを建物から感じる。一つの喧騒が終わった後の静寂。雪の白は全てのものを浄化する。彼の写真は雪の持つ厳しさと優しさを伝えてくれる。その雪に抱かれる時間、つまり冬が私たちの精神にどれだけ大きな影響を与えているかを知るのである。


彼は北海道を拠点に活動することを決め、札幌でマルチメデイアデザインの仕事を始めた。そして日本に滞在するうちに手漉きの和紙に興味を持ち、写真を和紙に印刷するようになる。印刷会社と試行錯誤を繰り返し完成させたプリントは彼の作品のアイデンティティの一つとなっている。一枚一枚違う表情を持つ和紙に写真をプリントすると、柔らかさや移ろいというものを感じ、写真の中にすっと入っていけるのだ。


2016年はシーズン・ラオにとって特別な年となる。それは今年行われる第67回さっぽろ雪まつりの大通り7丁目の会場がHBCマカオ広場となり、マカオのランドマーク「聖ポール天主堂跡」が大雪像として制作されるからだ。雪に惹かれ北海道にきた彼の故郷の象徴が、雪で姿を現すのだから運命的である。そしてマカオ観光局が北海道での彼の活動を知り、マカオ会場では彼の作品展示が行われることとなった。HBCテレビでもマカオの特集が組まれ彼がマカオの案内人としてマカオの街を紹介するなど、札幌とマカオを繋ぐ存在となっている。また雪まつりにあわせて、彼は「La Neige 雪」という展覧会を札幌で行う。会場・会期は、HBC広場が2/5~2/11、ファビラス(南1条東2丁目)が2/2~2/29、ト・オン・ギャ ラリー/カフェ(南9条西3丁目)で2/2~2/14となっている。タイトルの「LaNeige(ラ・ネージュ)」は、マリーアントワネットが寵愛していた真っ白な伝書鳩の名である。


白い雪にメッセージを託して。